宮澤賢治の世界へいざなうライトアップ2題

鉄道旅を一層たのしくする車窓・施設案内シリーズです。

[場所] JR釜石線 宮守-柏木平・花巻駅近く

岩手県南部にあるライトアップを2つ紹介しよう。と、こう書いてしまうと一部の人には岩手県北部の南部藩の領地の方にあるディスプレイだと受け留める人がいるかと思うが、ここでいう「南部」とは盛岡市より南の花巻とその周辺を指している。とはいえ、花巻まではギリギリ南部藩の領地だったので、間違いとは言えないが。

まあ能書きはこれくらいにして、ではまずJR釜石線 宮守-柏木平 間にある『宮守川橋梁』のライトアップから。

『銀河鉄道の夜』ゆかりの宮守川橋梁

ライトアップされた宮守川橋梁上をゆくキハ110系3連使用の3625Dはまゆり5号。橋梁は高さ17.8mで5連の充腹アーチ橋、延長は107.3mある。手前に立っている石積の柱は岩手軽便鉄道時代の橋脚で、よく見ると低くなった橋脚も前後に各1つづつ残っているのが確認できるだろう。ライトアップは毎日点灯され、時間は17時または日没~22時。ちなみに左が柏木平側で、右が宮守側。タイトル写真との連続撮影でもある。
ライトアップされた宮守川橋梁上をゆくキハ110系3連使用の3625Dはまゆり5号。橋梁は高さ17.8mで5連の充腹アーチ橋、延長は107.3mある。手前に立っている石積の柱は岩手軽便鉄道時代の橋脚で、よく見ると低くなった橋脚も前後に各1つづつ残っているのが確認できるだろう。ライトアップは毎日点灯され、時間は17時または日没~22時。ちなみに左が柏木平側で、右が宮守側。タイトル写真との連続撮影でもある。

宮守川橋梁(通称めがね橋)は、1943年(昭和18年)に省線釜石線が762mmゲージから1,067mmゲージに改軌された時に竣工した。元々この地点には1915年(大正4年)に竣工した岩手軽便鉄道の橋梁が架かっており、現在の橋梁は、その橋の宮守川下流側に並行して造られたもので、かつての旧橋の橋脚3本も残っており、それを遺構として過去に思いを馳せることができる。
なお、この橋梁と、岩根橋-宮守 間にあるやはりアーチ構造の達曽部川橋梁は2002年に「土木学会選奨土木遺産」に選定され、2009年には「近代化産業遺産」に認定されている。ということで、この橋梁たちがいかなる構造物なのかを、土木学会の解説シートから一部抜粋して紹介しよう。
「1910年(明治43年)に軽便鉄道法が、翌1911年に軽便鉄道補助法が制定されると、岩手軽便鉄道(株)が地元財界を中心に設立され、1912年(大正元年)に工事着手。資金難に直面しながらも、1915年11月に花巻~仙人峠駅の全通にこぎつけた。
今も釜石線の一番の難所は上有住-陸中大橋 間の仙人峠であるが、釜石線にはもう1つ、仙人峠と同じ最急25パーミルの峠越えがある。花巻から遠野平野に入る坂で、その坂に登りかかる位置にあるのが、達曽部川橋梁と宮守川橋梁である。

達曽部川橋梁は、軽便鉄道時代の1915年建設のプレートガーター橋を、1943年の改軌工事にあたってそのまま包みこむかたちで、鉄筋コンクリートのカテナリーアーチ橋としたものである。
一方、宮守川橋梁は、旧橋梁に並行する形で新たにRCアーチ橋をかけたもので、すぐ脇に煉瓦造の橋脚と橋台が一部残っている。
宮守川橋梁は支間20m×5連、達曽部川橋梁は支間19.2m×4連と支間9.8m×2連である。両者は主要部分の径間がほぼ等しく、また一連の計画で建設されたことから、鉄道の改良工事において既存の構造物をどのように使うか(あるいは使わないか)を対比的に見て取ることができる。

戦時中の1943年という建設時期を考えれば、達曽部川橋梁でとられたやや強引ともいえる手法は、工期の短縮と材料の節約を念頭に置いたものであることは間違いない。最も心配された硬化途中のコンクリートに及ぼす列車通過の影響も、調査の結果、徐行運転を行なえば回避できるとして施工されたと伝えられる。
かくして、この二つの橋は歴史の積み重ねを見せながら、今日に続いている。
岩手軽便鉄道は宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』のモデルになったという話があり、実際には時代が前後するものの、この二つのアーチ橋が、その象徴として知られている。間近に見ればいささかアラの目立つところもなくはないが、半世紀を経て多くの人に愛されるようになった。これこそ、アーチ構造の美のなせる技であろう。(固有名詞は原文通り)」
解説シートでは釜石線の前身である岩手軽便鉄道が『銀河鉄道の夜』のモデルになったとの説明になっており、どちらの橋梁とは特定していないが、ではなぜ「宮守川橋梁」だけがライトアップされているのか。それはやはり、その地の利の良さにあるだろう。

この区間を線路とほぼ並行に走る国道283号が、達曽部川橋梁では鉄道と道路の床版がだいたい同じレベルにあるため鉄道のアーチ橋の全貌が国道からは見えづらいのにくらべ、宮守川橋梁では国道が5連アーチのうちの1つの下をくぐっているためローアングルからの眺めになり全体が見渡し易いので、その眺望の良さから宮守川橋梁のみを選らんだのだと思われる。ライトアップは1980年代末に地元の商工会により始められたもので、1998年4月にはさらに橋梁の上流側すぐの国道沿いに「道の駅みやもり」が開駅されたことが、ライトアップをさらに名物にしている。
また、橋梁の下は2009年4月にはNPO法人地域活性化支援センターにより「恋人の聖地」に選ばれたということも添えておこう。

賢治の幻想的な宇宙感をイメージ

壁画左側の機関車は8620形を模していると思われるSLで、ナンバープレートは「Y1755」。月(と思われる星)の手前にもさりげなくSL列車が飛んでいたりする。
壁画左側の機関車は8620形を模していると思われるSLで、ナンバープレートは「Y1755」。月(と思われる星)の手前にもさりげなくSL列車が飛んでいたりする。

右側の機関車はC57形のようなスタイルのSLで、ナンバープレートは「T1117」。最初に描かれた時期が1994年ということは山口線のC571がモデルになっているものと思われる。
右側の機関車はC57形のようなスタイルのSLで、ナンバープレートは「T1117」。最初に描かれた時期が1994年ということは山口線のC571がモデルになっているものと思われる。

日が暮れると巨大な壁面に「紫外線ライト(ブラックライト)の照射により幻想的な宇宙が浮かび上がります」という壁画があるスポットが、花巻駅近くにある。
これは「未来都市銀河地球鉄道」と題され、特殊蛍光塗料(ルミライトカラー)により作画されており、暗くなる頃に輝き始めファンタジーなスペースを創りだす。大きさは上の写真では夜間の撮影のため把握しずらいと思うが、高さ10m、延長80mもあり、それが道路に面している垂直に立ち上がった擁壁に描かれているため、見上るスタンスになっており眺める者を圧倒する。
作者は空間アーティストの山本長実氏で、絵の意図はアート作品なので、ここではあえて語らないでおくので、詳しくは下の写真にある解説文を読んでいただけたらと思う。
この絵が最初に描かれたのは1994年(平成7年)8月で、つい先頃の2015年10月に修復が完成して上写真の現在の姿になった。また1995年には第48回広告電通賞選考においてセールスプロモーション屋外部門賞に選ばれているとのことだ。

壁画前の道路を挟んだ向い側にある説明板。下の小さい文字は「特殊蛍光塗料により作画されており、夜、紫外線ライトの照射により幻想的な宇宙が浮かび上がります」と書いてあり、本文中に一部流用させていただいた文章だ。
壁画前の道路を挟んだ向い側にある説明板。下の小さい文字は「特殊蛍光塗料により作画されており、夜、紫外線ライトの照射により幻想的な宇宙が浮かび上がります」と書いてあり、本文中に一部流用させていただいた文章だ。

壁画を昼間に眺めるとこんな感じ。暗がりで見た時には10mもある擁壁が垂直によくぞ建っているなと思ったが、背面土側へ弓形に彎曲していたり、角で曲がった先にも擁壁が続いていたりしているので保持されているのだなと妙に納得。
壁画を昼間に眺めるとこんな感じ。暗がりで見た時には10mもある擁壁が垂直によくぞ建っているなと思ったが、背面土側へ弓形に彎曲していたり、角で曲がった先にも擁壁が続いていたりしているので保持されているのだなと妙に納得。

位置は、花巻駅東口の駅前広場を挟んで線路と並行に通っている道路を北側似内駅方向へ300mほど行った地点。ブラックライト照射時間は、上の説明板によると5月~9月が19:30~22:00、10月~4月が18:00~22:00。花巻駅で乗り換えなどによりこの時間帯に余裕ができたなら、ぜひ訪れてほしい場所だ。

花巻に行ったら見ておきたいもう1つの展示物が西口から500mほどの所に保存されている花巻電鉄「デハ3号」だろう。だが、今回のテーマである「ライトアップ」からは逸れてしまうので、詳細はいずれ機会がある時に紹介する予定だ。
花巻に行ったら見ておきたいもう1つの展示物が西口から500mほどの所に保存されている花巻電鉄「デハ3号」だろう。だが、今回のテーマである「ライトアップ」からは逸れてしまうので、詳細はいずれ機会がある時に紹介する予定だ。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。

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