地下鉄車輛はどこから入れる!?

鉄道旅を一層たのしくする車窓・施設案内シリーズです。
[場所]都営地下鉄新宿線 東大島駅南約200m 大江戸線 光が丘駅南西約800m 門前仲町駅東約1km
その昔「地下鉄の電車はどっから入れたか?」という春日三球照代の地下鉄漫才が世間を席巻したが、このネタも1978年12月21日に部分開業した都営地下鉄新宿線 岩本町-東大島 間に使用する車輛を、事前に東大島駅大島口南方200mほどの場所にある車輛搬入竪坑から電車を搬入する光景をTV中継されてしまった以後、シラケてしまった。

東大島駅の上り1番線プラットホームの窓から眺めた、都営地下鉄新宿線の車輛搬入口。夏季は手前の樹木に葉が繁り、よく眺められなくなる。ただし、先日にココを通った時に見たらリニューアル工事が行なわれており、壁面が目隠しされていた。この冬には、この光景は眺められないかも知れない。

普通に考えれば、地下鉄といえども車庫は地上にあったり、もしくは相互直通運転の相手方の地上区間から搬入するのが一般的に思えるが、都営地下鉄新宿線は上記の部分開業の時はすべてが地下線か高架線であり、車庫でもある大島車両検修場も地下1階にあって全面に蓋が掛けられているため、その車庫と地平とをつなげる車輛搬入用の竪坑が必要になったのである。
では、そんなネタバレさせた東大島駅大島口南方にある車輛搬入竪坑の外観を見ていこう。

上写真の車輛搬入口をゲートから眺めたところ。右の温室のようなところが搬入竪坑で、その屋根を外して車輛を搬入する。公道よりバリアングルファインダーにて撮影。
上の地点からさらに右(南)を眺めたところ。資材などが並び、それらの搬入搬出に使用されていることが窺われる。公道よりバリアングルファインダーにて撮影。
新大橋通りから車輛搬入口へ続く道路が東大島駅をくぐる部分。電車が通るのに十分な高さがある。

グーグルマップなどを見てもらえれば解ると思うが、現在の地図ではこの場所の近くに鉄道車輛を運んでこれる貨物駅や波止場などはない。ではナゼここに車輛搬入竪坑が設けられたのか。
ヒントは東大島駅大島口の北側を通っている新大橋通りを西に約1.5km進んだ西大島駅のある交差点から南に600mほどの地点にあるアリオ北砂に隠されている。実はこの場所がかつてのJR貨物の小名木川駅跡で、元々はここまで甲種輸送でやってきた車輛を搬入竪坑まで陸送で運び搬入されていた。
しかし、この小名木川駅は2000年に廃止されてしまった。それでも、車輛搬入は現在もこの竪坑からなされているようである。とはいえ、最近の陸送ルートは不明。

大江戸線にも車輛搬入竪坑がある

都営地下鉄 大江戸線は1991年12月10日に 練馬-光が丘 間が都営12号線として開業したが、大江戸線はこの区間も含めて全線が地下区間を走っている。さらに車庫も全て地下にある。ということで、やはり車輛搬入竪坑が存在している。
場所は光が丘駅南西800mほどの地点のマンション群の中。ゲートの向こうにプールのような枠と山吹色のクレーンが建つ場所があるので、すぐにそれと解る。
ではナゼ駅から離れた住宅地の中に搬入竪坑があるのか? 実は光が丘駅からは高松車庫(元・光が丘車両検修場)への地下出入庫線が延びていて、この搬入竪坑はその車庫の近くに、上記の開業用車輛搬入のために設けられたからだ。

大江戸線 高松車庫の搬入竪坑は、マンション群の中に突然現われる。

その後の2000年12月12日に大江戸線が現区間全線開業する約2年前の、1999年2月22日から木場車両検修場の搬入口が車輛搬入に使用されるようになり、光が丘の竪坑はメインの座をそちらに譲った。現時点では、光が丘の搬入口をラストに使用した車輛は2006年1月20日に搬入されたE5000形 電気機関車といわれている。
さて、上に出てきた木場車両検修場の搬入口であるが、場所は解っているが、中の構造は不明だ。なぜならシャッターがたいがいは閉まっており、外から構造を眺めることはまず不可能だからだ。

木場車両検修場の搬入口を道路対岸から眺めたところ。右のバスと較べて、シャッターがどれくらいの高さか解るだろう。
上の搬入口のアップ。高さが解りやすいように、やはりバスを配してみた。

位置は門前仲町駅から永代通りを東南東に約800m進んだところにある木場五丁目の三ッ目通りとの交差点を左折(北進)して100mほどの右(東)側(最寄り駅的には東京メトロ東西線 木場駅が至近)になる。
写真を眺めてもらえば解ると思うが、シャッター口は一般的な鉄道車輛なら微妙な高さだが、大江戸線の車輛ならどうにかなりそうに見受けられる。
ではやはり、ナゼ駅から離れたところにあるのか?の疑問が湧くだろう。それはこの搬入口の北方すぐにある木場公園の地下に木場車両検修場が設けられており、そこからこの搬入口までトンネルがつながっているからだ。ちなみにその車両検修場までは清澄白河駅から出入庫線がつながっている。
なおその後に大江戸線の線路は、ゲージが同じ浅草線と汐留-新橋・大門 の間に連絡線を作ってつなげられた。これはあくまで回送用だが、2006年4月1日から使用を開始している。この完成により地平にある浅草線の馬込車両検修場とも線路がつながったわけだが、馬込では車輛の検査・修繕が主で、新車・廃車の搬入搬出に関しては現在も木場の搬入口が使われているようだ。しかしこちらも陸送ルートは不明。
ところで大江戸線はリニアモータ方式なのはご存知だと思うが、その電車が動力方式の違う浅草線内を回送で走る時には、前述の話題に出てきたE5000形が牽引機として使用されている。
せっかくなので、そんなE5000形の写真をお見せして、記事を締めくくることにしよう。

E5000形 機関車は回転式電気モータ方式で、大江戸線-浅草線 両線内を粘着式運転で自送することができる。軸配置はB-Bで、2両1組にて運用され、2編成の計4両ある。2005年3月に川崎重工業にて製造。写真は2015年11月14日の「都営フェスタin浅草線」の時に撮影。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。