元・営団地下鉄日比谷線3000系に逢いに長野電鉄へ

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[場所]長野電鉄長野線全線

帝都高速度交通営団(以後 営団 に略)3000系は営団2号線日比谷線が1961年に南千住-仲御徒町 間で部分営業を開始した当初から運行された車輛だが、営団03系の増備により、1994年7月23日をラストに営団日比谷線から全車が引退していることは皆さんご承知しているだろう。しかし、アップ日時点において、いまなお現役で活躍している路線がある。
それは長野県の長野電鉄(以後 長電 に略)で、長電3500系となって運行されているのを、ご存知の人も多いと思う。

長野線信濃竹原-夜間瀬間に架かる夜間瀬の鉄橋を渡る3500系N6編成。
ところが、この長電3500系がまたまた同じ電車によって持ち場を取られる事態が起りつつある。
それは、長電3500系がまだ営団3000系だった頃、営団日比谷線から追い出してくれた営団03系が営団日比谷線から2020年2月28日で全車引退し、その一部が長電にやってきたからだ。

現在は、長電3000系M1編成になっている車輛の日比谷線時代の姿で、東京メトロ03-104F。この編成のうちの3両が長電にきている。東武日光線東武動物公園-杉戸高野台。2018年5月20日撮影。
元・営団03系は長電に来たら「長電3000系」を名乗るから、首都圏在住者にはチトややこしいが、本記事内においては以後この表現を使用していく。
さて、この長電3000系だが、長野電鉄にまず2編成6両が導入され、2020年のゴールデンウイークから営業運転を開始する予定が各方面から報じられている。またこれにより「…3500系・3600系車両は順次引退します。」とは長野電鉄からの2020年1月31ニュースリリースの発表になる。となると、長電3000系はさらに導入されることが想定できる。
では、まもなく数を減らすであろう長電3500系の現存している編成を眺めていこう。

須坂の車庫でしばし休息するL2編成(左)モハ3652(湯田中)側。
須坂駅から信州中野へ向けて発車してゆくN3編成モハ3513(長野)側。
信濃竹原駅に停車中のN6編成モハ3516(長野)側。なお、16:9画像は動画からの切り出しなので、実はYoutubeにもアップしている(笑)。気が向いたら視ていただけるとありがたい。
須坂駅の電留線で休むN7編成モハ3507(湯田中)側。奥はO2編成。
信州中野駅から湯田中駅へ向けて発車してゆくN8編成モハ3518(長野)側。なお、タイトル写真も信州中野駅にて撮影。
長電3500系は、元・営団3000系だった頃に、セミステンレスの車体ながら前頭部に丸みを持たせたスタイルから、一部の人々の間では「マッコウクジラ」の愛称で呼ばれた。乗り入れ先の東武伊勢崎線・東急東横線の双方を走行できる編成も存在し、地下鉄⇔郊外電車の相互直通運転の礎を築いた名車といっても差し支えないだろう。

ところで、長電3500系は、2019年12月15日(日)をもってO2編成が引退している。つい最近まで走っていた車輛なので、せっかくだからその現役の頃の姿もお見せしておこう。

上々写真の奥にいるO2編成でモハ3532(長野)側。この編成は、2019年12月15日で引退した。
長電3000系は現時点で2編成を導入しているが、2022年までにはさらに3編成が導入する計画があるとのこと。これにより長電3500系が玉突きで廃車されるのは想像できるだろう。
まだ時間に猶予があるとはいえ、昭和の営団日比谷線を彩った車輛に逢いに行くのは早い方が良さそうだ。

筆者補足:新型通勤車両長電3000系運行開始が延期になりました。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。