千葉の産業用SL保存展示機を訪ねる…前篇

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かつて川崎製鉄千葉製鉄所で活躍した産業用ロコの保存展示機探訪…その不定期2回シリーズの前篇になる

[場所]JR京葉線 蘇我駅至近 &
JR京葉線 稲毛海岸駅or京成千葉線京成稲毛駅至近

川崎製鉄とは、現在のJFEスチールの一翼のこと。ということで、本記事における「川崎製鉄千葉製鉄所」は、いまのJFEスチール東日本製鉄所(千葉地区)工場のことになる。この度紹介するのは、この工場が、かつて川崎製鉄千葉製鉄所時代に工場内にて使用していた産業用SLが、千葉県内に4両保存展示されているので、それらの探訪記になるのだが、誌面の関係から、まずはそのうちの2両を、これまた誌面の関係から不定期シリーズにて紹介させていただく。

久々の駅近探訪になる。コチラの写真はJR蘇我駅近のNUS6号で、タイトル写真は稲毛海岸のNUS7号。

JR京葉線 蘇我駅至近のNUS6

タイトル回りではJR蘇我駅の線区をスペースの関係から「JR京葉線」のみ記したが、実際には「JR外房線」が所属線で、「JR内房線」も含めた3線の駅となっている。
この蘇我駅の東北東300mほどの地点にある菰池公園に保存展示されているのが、産業用SLのNUS6号になる。

■まずは前側から眺めていこう
NUS6号は前面(煙突側)が西南西を向いた向きに置かれて保存展示されている。
では、まずその前面方を眺めていこう。

NUS6号の左斜め前。次に紹介するNUS7号との比較のため、とりあえず煙室扉ハンドルと煙突の形を覚えておいて戴きたい。
NUS6号の右斜め前。自動連結器の下にあるのはウィリソン連結器。
NUS6号の前側端梁のアップ。丸いプレートはバッファーが付いていた跡だろうか?
NUS6号の真正面。カマ全体に展示用屋根が冠せられている。
上写真のカマの前に立てられている説明プレートのアップ。
上記の説明板の解説にプラスすると、NUS6号の軌間は 1,067mmゲージになる。

■そして後側を眺めてみよう
NUS6号の後面(機関室側)は、機関室へ入るための階段がコンクリート製なのと上屋の柱のため、動輪全体を斜め後ろよりのベストな向き&距離から眺めることはできない。

NUS6号の左斜め後ろ。コチラ側にもウィリソン連結器を装備している。
NUS6号の後ろ側端梁のアップ。コチラ側には丸いプレートがない。そうすると、前の端梁の丸いプレートの正体が何なのか? 謎は深まるばかりである。
NUS6号の左側のシリンダー&クロスヘッド部のアップ。
NUS6号の真後ろ。窓に格子がある点を覚えておいていただきたい。
NUS6号の右斜め後ろ。端梁下に格子状の排障器が備えられている。
NUS6号の右側の動輪などのアップ。
屋根がある分、ド・ぴーかんの天気の日でも下回りをそれなりのトーンにて撮れるのは有りがたい。

■次は機関室内
NUS6号は、機関室へ、先述の付属コンクリート製階段を利用して立ち入ることができる。

左側から眺めた機関室。
右側から眺めた機関室。コチラ側に加減弁ハンドルやブレーキハンドルと思われる運転機器が配置されている。
加減弁ハンドルやブレーキ弁ハンドルなどが右側に配置されているトコロを見ると、この型のSLはバック運転が基本の設計になっていることが窺えよう。

稲毛海岸のNUS7

NUS7は、JR京葉線 稲毛海岸 駅と京成千葉線 京成稲毛 駅の丁度中間あたりにある稲岸公園に保存展示されている。この公園には、NUS7号の他に「民間航空発祥之地」の碑という、いわゆる飛行機系の碑が立っている地としてご存知の方も多いと思う。

「民間航空発祥の地」の碑を南西側から眺めたトコロ。右奥に見えるのがNUS7号機。
「民間航空発祥の地」の碑の台座に埋め込まれているレリーフ。
この場所はいまでこそ公団団地やマンション群が建ち並んでいるが、60年ほど前までは稲毛の浜の干潟が広がっていた。なので、碑の説明文にある「この浜に初めて練習飛行場を創設」された「1912年」にも平坦な砂浜が広がっていたことであろうし、そのような土地に飛行場が創設されたのもうなづける。
筆者的には、この碑があることにより、小学生の頃に見た、この辺が干潟だった想い出の光景が甦ってくるので嬉くなってくる。もちろんその光景の中には海防艦こじまの姿もある。

■まずは前側斜めから眺めていこう
NUS7号は前面(煙突側)が北東を向いた向きに置かれて保存展示されている。
では、まずその前面の斜め方を眺めていこう。

NUS7号の左斜め前。自動連結器の下にあるのはウィリソン連結器。そして、煙室扉ハンドルと煙突の形がNUS6号のと異なる点に注目。
NUS7号の左側面脇に立っている説明板のアップ。
NUS7号の前側端梁のアップ。自動連結器の下にあるのはウィリソン連結器。
NUS7号の右斜め前。コチラ側がロッドが下がった状態にセッティングされている。
3枚上の説明板を読むと解る通り、NUS7号はNUS6号と仕様はホボ一緒になる。

■そして後側斜めを眺めてみよう
MUS7号はNUS6号と同様に機関室へ立ち入るためのコンクリートの階段が設置されているが、展示用の屋根がないので離れて撮れるため、この階段による撮影でのストレスはかなり少なかろう。

NUS7号の右斜め後ろ。やはり機関室へ入る階段はコンクリート製のが設置されている。
NUS7号の左斜め後ろ。コチラ側にも、自動連結器の下にウィリソン連結器を装備している。
NUS7号の後ろ側端梁のアップ。NUS7号も、コチラ側の端梁には丸いプレートがない。
■この度は真横も撮影
NUS7号の保存展示は屋根がないので真横から撮れたため、真正面&真後ろの写真もコチラの項へ入れさせていただいた。

NUS7号の真正面。端梁の両サイドに丸いプレートが付いている。
NUS7号の右側真横。サイドタンクの四角い錆に何があったのか気になる。
NUS7号の真後ろ。NUS6号にはあった、窓の格子と端梁下に格子状の排障器はない。
NUS7号の左側真横。コチラはロッドが上がった状態にセッティングされている。
上写真を見ても解る通り、NUS7号の軌間はNUS6号と同じ 1,067mm になる。当たり前である。

■次は機関室内
このNUS7号も、機関室へ、付属のコンクリート製階段を利用して立ち入ることができる。

左側から見た機関室。右の装置は手ブレーキのハンドルかと思われる。
右側から見た機関室。NUS7号も、コチラ側に加減弁ハンドルやブレーキハンドルと思われる運転機器が配置されている。
右から見た機関室後方。左が石炭庫側、右が焚口側。
やはり加減弁ハンドルやブレーキ弁ハンドルなどが右側に設置されている。と、いうことは…。

近所の寝殿造風の謎の建物の正体は!?

乗り物からは話題が逸れるが、NUS7号が保存展示されている稲岸公園から北西方向スグのトコロに、寝殿造風の建物の屋根が窺えるのだが、それが何なのか気になって近づいてみた。
そして撮ったのが下の説明板になる。

謎の建物の前に立てられている説明板。背後に見えているのが、その謎の建物の一部。
実のトコロ、筆者はこの建物を撮らずに帰ってきてしまった(謝)。まぁ、気になった方はグーグルマップあたりで見ていただけたら幸いだ。
なお、上写真の左の説明文を読んでみて気がついたのだが、寝殿造ではなく「桃山式の純和風2階建」の建物であった(汗)。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。