ことしの嵐電桜のトンネルはライトアップ休止です

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[場所]京福電鉄北野線 鳴滝-宇多野

京都でソメイヨシノの開花発表があると行きたくなる場所の一つに、洛西宇多野の京福電鉄北野線さくらのトンネルが、鉄道好き以外も含めて挙げられるのではないだろうか? さて、すでに2020年桜開花前線で開花時期は予想されていたが、3月22日11時30分に京都二条城にある京都市の桜の標本木の開花が気象庁から発表された。なので、本題の北野線 鳴滝-宇多野 間の 春爛漫さくらのトンネルを端から眺めた風景を、満を持してお届けしよう。
とはいえ、実は開花発表してからでは記事が間に合わないので、写真は昨年2019年4月9日の撮影なことを申し添えておく(汗)。
なお、ことしはこの区間は桜木のメンテナンスのためライトアップが休止になる。
ただし、日中に車内から眺めることは例年通り可能だ。

南東側より眺めるなら鳴滝駅からが便利

桜のトンネル区間は鳴滝-宇多野間のほぼ中間にある。そして例年だとその区間の線路左右に、桜のシーズンになるとお立ち台が開設される。
ところで、ことしは上記の桜木のメンテナンスに加え、新型コロナウイルス騒動で、お立ち台が開放されない場合も想定されよう。アップ日時点ではリリースされていないが、そんな覚悟も頭に入れていただき、まずは南東側のお立ち台から眺めていこう。

南東側のお立ち台から宇多野(北東)向きに撮影。車輛はモボ101形101号+モボ621形623号。
同地点から反対(鳴滝)向きに眺めた光景。車輛はモボ611形613号+モボ631形633夕子号。
南東側のお立ち台へは鳴滝駅が便利で、グーグルマップを見てもらえたら早いのだが、文字で説明すると、鳴滝駅を降りたら駅前の道を北へ50mほどの場所にある道を右折、200mほど進んだ所の川に架かる橋を渡ったら左折、約100mで着ける。
さらにここから北東へ100mほどの地点で、住宅街を迂回していくことになるが、築堤上を走る嵐電を仰ぎ見みることができる。

左が鳴滝で、右が宇多野。車輛はモボ621形621号。朝は単行で走っていた。
上写真と同じ場所からで、車輛はモボ631形631号+モボ21形27号。

北西側のお立ち台へは宇多野駅からの方が行きやすい!?

またまたグーグルマップ(他の地図でもOK)に頼るが、見ていただくと、鳴滝-宇多野 間には「御室川」という中小河川が流れている。これがバリケードとなって、北西側では川の西側は鳴滝駅からが行きやすいが、川の東側にあるお立ち台は宇多野駅からの方が行きやすい。
川の西側は鳴滝寄りの踏切がビュースポットになるだろう。行き方は先ほどの鳴滝駅から北に50mほどで右折した道の川の手前の十字路を左折して約100mの位置にある。

鳴滝寄りの踏切からの北東(宇多野)方の眺めで、タイトルとの連続写真。もしもお立ち台が開放されない場合でも、嵐電さくらのトンネルを、ここからは眺められる。まあもしものケースは考えたくないが。車輛はモボ21形27号+モボ631形631号。
上写真の地点の踏切の線路反対側からの南東(鳴滝)方の眺め。車輛はモボ621形621号+モボ611形611号で、昼からは2連になった。さくらは1本のみの個人宅の桜木だが、ナゼ掲載したかというと…。
上写真の電車が行った後に同踏切内から同電車を反対(宇多野)向きに撮った後追い写真。…上の写真は、危険撮影と見なされないように、あえて載せておいた。なお、左の柵が北西側のお立ち台なのだが、近くに見えるようで、実は間に御室川があるため、ストレートには行けず、こちら(鳴滝)側からだとかなり迂回することになる。なのでそこへは宇多野駅からの方が行きやすい。
北西側のお立ち台へは宇多野駅からが便利で、駅西側の国道162号に出たら信号で渡って、線路沿いの道を下り、150mほどに架かる橋の手前を左折して約150mの、そのドンツキにある。

北西側のお立ち台からの南西(鳴滝)向きの眺め。車輛はモボ611形613号+モボ631形633夕子号。
上のお立ち台から反対(宇多野)方を眺めたところ。お立ち台ではスマホを手を延ばして撮っている人が多くいたので、真似してスマホで撮ってみたら電車が歪んだ(笑)。車輛はモボ101形101号+モボ621形623号。ことしもお立ち台が開放されていたらラッキーだね。
ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。また、冒頭でも記したが、ことしはこの区間での桜木のライトアップは休止される。さらに、新型コロナウイルスの影響によってはお立ち台が開放されない場合もありうる点を申し添えておく。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。