日本一海に近い駅

[場所] JR信越本線 青海川駅
鉄道旅を一層たのしくする車窓・施設案内シリーズです。
JR信越本線は柿崎駅と鯨波駅の間で日本海の海岸沿いを走るが、その区間の中にある青海川駅は「日本一海に近い駅」といわれている。というわけで、どのくらいのポジションに位置しているのかを検証するべく、訪ねてみた。

青海川駅に掲出されている『歓迎!!越乃Shu*Kura号』の横断幕には「日本一海に近い青海川駅…」と書かれており、このことが観光のウリであることをアピールしている。
青海川駅に掲出されている『歓迎!!越乃Shu*Kura号』の横断幕には「日本一海に近い青海川駅…」と書かれており、このことが観光のウリであることをアピールしている。

駅に降り立って眺めてみると、下り線プラットホームの直江津駅寄りが北側すぐ下まで日本海の水が来ており、この地点が青海川駅の中でも一番海に近い部分になっている。
海岸線は潮の干満により移動するので、どこからが海になるのかの境目を決めるのにはいろいろな意見が出そうだが、防潮堤からを海とすれば、記者が見た限りでは「日本海に一番近い駅」もしくは「日本一外海に近い駅」としては間違いなさそうだ。

下り線プラットホーム直江津駅寄りから新潟駅方向を見たところ。防潮堤の上にプラットホームが築かれ、海が真下に迫る。
下り線プラットホーム直江津駅寄りから新潟駅方向を見たところ。防潮堤の上にプラットホームが築かれ、海が真下に迫る。

では、せっかくなので、周囲の丘に登って駅を眺めてみよう。
高台から俯瞰した青海川駅の感想は、北側が海なら、南側には山肌がせまり、さらに駅の両サイドは海に突き出した丘をくぐるトンネルになっているという狭間に位置し、よくぞこの場所に駅を作ったと感心させられた。
駅の歴史は古く、信越本線のこの区間は1897年(明治30年)8月に北越鉄道として開通しているが、青海川駅はその2年後の1899年9月には開業しているので、当時この地点は青海川沿いに内陸へ至る交通の要所のひとつであったのだろう。

駅北東側の丘の上から眺めた青海川駅。写真左下の小さなアーチ橋は旧線跡の橋台に架けられた遊歩道の橋。
駅北東側の丘の上から眺めた青海川駅。写真左下の小さなアーチ橋は旧線跡の橋台に架けられた遊歩道の橋。
駅南西側の丘の上からの眺め。写真中央やや上には、丘に半分隠れているため解りづらいが、旧線跡のトンネルがある。
駅南西側の丘の上からの眺め。写真中央やや上には、丘に半分隠れているため解りづらいが、旧線跡のトンネルがある。
せっかくなので、青海川駅を通る列車を狙ってみた。14時20分頃に653系使用の下り特急しらゆき5号が通過。なぜか列車が通る時刻になると雨が降ってくる不思議な出来事が発生。
せっかくなので、青海川駅を通る列車を狙ってみた。14時20分頃に653系使用の下り特急しらゆき5号が通過。なぜか列車が通る時刻になると雨が降ってくる不思議な出来事が発生。
14時39分頃にはEF510形元北斗星色が牽引する3097レが通過。この時刻になると雨足が強くなる怪現象がおこる。ちなみにこの1時間半前に青海川駅へ着いた時には晴れていて、それがタイトルになっている写真。そしてこの直後には青空が見えだし、その30分後に撮ったのが4枚上の下り線プラットホームから日本海を眺めた写真。
14時39分頃にはEF510形元北斗星色が牽引する3097レが通過。この時刻になると雨足が強くなる怪現象がおこる。ちなみにこの1時間半前に青海川駅へ着いた時には晴れていて、それがタイトルになっている写真。そしてこの直後には青空が見えだし、その30分後に撮ったのが4枚上の下り線プラットホームから日本海を眺めた写真。

これらの写真を撮影したのは秋口だったため海面は穏やかだが、冬を迎えると偏西風が強まり、日本海が怒濤の表情を見せる日も多くなる。そんな光景を間近にみられるスポットでもある。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。

「日本一海に近い駅」への2件のフィードバック

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