日本で最初に作られた鉄道トンネル石屋川隧道跡を訪ねてみた

[場所] JR東海道本線 住吉-六甲道

2015年6月22日付けの当サイトで『鉄道隧道の現役最古参 清水谷戸トンネル』(←その記事はこちらをクリック)を紹介しているが、その中で「日本で最初に作られた鉄道トンネル」として名を挙げた官設鉄道(現・JR東海道本線)住吉-三ノ宮間にある石屋川隧道(兵庫県神戸市東灘区)跡を訪ねてみた。

その時の記事で、「このトンネルの供用開始は1874年(明治7年)の同区間開業からなので、芦屋川隧道・住吉川隧道も同じ歴史を持っていることになるが、石屋川隧道は開業より3年前の1871年(明治4年)に完成していたため、これが日本で一番古い鉄道トンネルになる。しかし、1919年(大正8年)に、複々線工事のため現役を引退した。」とも紹介したので、この石屋川隧道跡と、そしてさらにせっかくなので、そこで名が挙がっている住吉隧道跡と、芦屋川隧道跡も訪ねてみた。

旧石屋川隧道の説明板の上半分。同トンネルの建設方法とデータが記されている。
旧石屋川隧道の説明板の上半分。同トンネルの建設方法とデータが記されている。

上の写真は記念碑の隧道の説明部分のアップだが、写真ではその文が読みづらいので以下に記そう。

「旧石屋川隧道 旧石屋川隧道は、日本で最初の鉄道トンネルとして建設されました。その当時から石屋川が天井川を形成していたため、困難な川底トンネルを掘らなければなりませんでした。イギリス人技術者の設計・監督により、明治4年7月に完成しました。この隧道は石屋川の下を横断し、延長が200フィート(61m)ありました。工事方法は、川の流れを木製の仮水路で変え、川底を掘り下げ、レンガを積み重ねてトンネルを作りながら川を元に戻す方法が採られました。明治3年10月21日(1870年)着工 明治4年7月(1871年)完成 隧道形式:単線円形 隧道延長:200フィート(61m) 隧道高:約13フィート(約4m) 隧道幅:14フィート(4.3m) 明治7年5月11日(1874年)大阪・神戸間に鉄道が開業 明治27年(1894年)複線化工事(トンネル側壁部を垂直に改築) 大正8年(1919年)複々線工事のためトンネルを解体。のちに跨線水路橋の下に線路が敷かれた 昭和51年10月(1976年)高架工事により、線路が石屋川を跨ぐ形で現在に至る」

旧石屋川隧道の説明板の下半分。石屋川隧道が現在の姿になるまでの変遷が写真付で解説されているが、「2」と「3」は現在との対比になっており、こういった配慮は読んでいて昔日に思いを馳せられて楽しくなる。
旧石屋川隧道の説明板の下半分。石屋川隧道が現在の姿になるまでの変遷が写真付で解説されているが、「2」と「3」は現在との対比になっており、こういった配慮は読んでいて昔日に思いを馳せられて楽しくなる。

ということで上の写真を見ての通り、そんなに難工事だった天井川の石屋川を現在は高架線であっさり越えてしまっている。
では天井川とは何なのか。それは、川の底が周囲の地面より高くなってしまった河川のこと。ではなぜそんな風になってしまったのかというと、川の上流に地質が弱い所があると、大雨が降るとそこから水と一緒に土砂が流れ出し、これが流れが緩やかになった地点に堆積して川床を上げる。その状態が続くと川が浅くなり、氾濫を防ぐために堤防を高くかさ上げする。それを何百年も繰り返しているうちに堤防は見上げるような高さになり、その中の川床も周りの地面よりも高くなってしまう。ある意味、人が長年の間に作り出した不自然な川の姿なのだ。

天井川である石屋川を高架線で越えるJR東海道本線(神戸線)を、下流側から上流方向に眺めた写真。現在は線路が高架橋で川の上を越えているため、このアングルだと一見普通の川に見えるが、左右の土手の外側の地面は、この川の水底よりはるか下にある。
天井川である石屋川を高架線で越えるJR東海道本線(神戸線)を、下流側から上流方向に眺めた写真。現在は線路が高架橋で川の上を越えているため、このアングルだと一見普通の川に見えるが、左右の土手の外側の地面は、この川の水底よりはるか下にある。
石屋川東岸土手のり面の高架線柱南側から1本目と2本目の間に立てられている「日本で最初の鉄道トンネル 旧石屋川隧道跡」の石碑。碑の反対側には「建立 西日本旅客鉄道株式会社 平成十五年三月吉日」と記されている。
石屋川東岸土手のり面の高架線柱南側から1本目と2本目の間に立てられている「日本で最初の鉄道トンネル 旧石屋川隧道跡」の石碑。碑の反対側には「建立 西日本旅客鉄道株式会社 平成十五年三月吉日」と記されている。
石屋川東岸の土手を住吉駅側から眺めたところ。高架線柱の左1本目と2本目の間に上写真の石碑が見える。なお、道路は現在も川を水底トンネルでくぐっている。
石屋川東岸の土手を住吉駅側から眺めたところ。高架線柱の左1本目と2本目の間に上写真の石碑が見える。なお、道路は現在も川を水底トンネルでくぐっている。
こちらは石屋川西岸土手の六甲道駅側からの眺め。石屋川隧道があった痕跡は何も残っていない。
こちらは石屋川西岸土手の六甲道駅側からの眺め。石屋川隧道があった痕跡は何も残っていない。

さて、天井川をくぐる線路はどんな形になっているのか。天井川は関西地方に全国の半分があるということでその川の下をくぐる線路というのも関西の人には馴染みがあるだろうが、それ以外の人々にとっては見るきっかけが余りないと思うので、天井川が流れるJR東海道本線の 摂津本山-住吉 間にある住吉川の下をくぐる住吉川水底トンネルと、芦屋-甲南山手 間にある芦屋川の下をくぐる芦屋川水底トンネルを写真にて状況を見ていただこう。とはいえ、2つの河川ともに両サイドに道路が並行して通っており、トンネルの両坑門前の上にその道路の跨線道路橋が架かってしまっていて、一見すると川底トンネルが跨線水路橋に見えてしまうのが、景観的にはやや残念ではある。

それでは住吉川から

住吉川水底トンネルは、どちら側の駅からでも電車に乗っていくと、線路はそれまで平地で地面と同じレベル、もしくはやや上を通っていたところが、やがて両側の地面が盛り上がりだし、そして切り通しになり、短いトンネルをくぐると、また平地に戻るという景色の場所を通過する。このトンネルの位置は住吉駅寄り海側の頭上で六甲ライナーの軌道がカーブを描いているので、どれが住吉川水底トンネルだったか解りやすいだろう。

住吉川の線路上の川面を西岸上流側から見たところ。画面左やや上遥かに線路が遠望できるので、これが天井川であるのが判るだろう。
住吉川の線路上の川面を西岸上流側から見たところ。画面左やや上遥かに線路が遠望できるので、これが天井川であるのが判るだろう。
住吉川跨線道路橋の南西側袂に立てられている「住吉川鉄道トンネル」の説明板。官設鉄道の線路が山側のルートを選んだ経緯が書かれている。
住吉川跨線道路橋の南西側袂に立てられている「住吉川鉄道トンネル」の説明板。官設鉄道の線路が山側のルートを選んだ経緯が書かれている。
住吉川水底トンネルの摂津本山駅寄りの眺め。手前に跨線道路橋が架かっているため、コンクリート構造物はよく見えない。
住吉川水底トンネルの摂津本山駅寄りの眺め。手前に跨線道路橋が架かっているため、コンクリート構造物はよく見えない。
住吉川水底トンネルの住吉駅寄りの眺め。コンクリート構造物は跨線道路橋の奥にそれなりに窺えるが、フェンスが高くて、やはりよく見えない。右頭上の高架橋は六甲ライナーの軌道だ。
住吉川水底トンネルの住吉駅寄りの眺め。コンクリート構造物は跨線道路橋の奥にそれなりに窺えるが、フェンスが高くて、やはりよく見えない。右頭上の高架橋は六甲ライナーの軌道だ。

そして芦屋川

芦屋川水底トンネルもやはりどちら側の駅からでも電車に乗っていくと、線路はそれまで平地で地面と同じレベル、もしくはやや上を通っていたところが、やがて両側の地面が盛り上がりだし、そして切り通しになり、短いトンネルをくぐると、また平地に戻るという景色の場所を通過する。しかし、他の跨線橋よりは通過時間が長いので、通り過ぎたあとには「あっ、いまのが天井川のトンネルだったんだ」と気づくことができるだろう。

芦屋川の線路上の川面を東岸下流側から見たところ。画面左やや上遥かに線路が遠望できるのが判るだろうか。まず、左隅のベージュ色の建物の存在を憶えておいてほしい。
芦屋川の線路上の川面を東岸下流側から見たところ。画面左やや上遥かに線路が遠望できるのが判るだろうか。まず、左隅のベージュ色の建物の存在を憶えておいてほしい。
芦屋川水底トンネルの芦屋駅寄りからの眺め。コンクリート構造物がよく見える。そして画面上中央やや左にあるビルが上写真のベージュの建物で、位置的に奥のコンクリート構造物の上が河川であるのを理解できるだろう。
芦屋川水底トンネルの芦屋駅寄りからの眺め。コンクリート構造物がよく見える。そして画面上中央やや左にあるビルが上写真のベージュの建物で、位置的に奥のコンクリート構造物の上が河川であるのを理解できるだろう。
芦屋川に並行する道路を北西側から眺めたところ。中央のビルが上写真などに出てくるベージュの建物で、左隅の欄干のさらに左に芦屋川が流れている。
芦屋川に並行する道路を北西側から眺めたところ。中央のビルが上写真などに出てくるベージュの建物で、左隅の欄干のさらに左に芦屋川が流れている。
芦屋川の川面の西岸下流側からの眺め。画面左や中央の建物の形を憶えておいてほしい。
芦屋川の川面の西岸下流側からの眺め。画面左や中央の建物の形を憶えておいてほしい。
芦屋川水底トンネルの甲南山手寄りからの眺め。エンジ色の跨線道路橋の向こうに上写真画面左や中央の建物が垣間見えるので、位置的に奥のコンクリート構造物の上が河川であることが解るだろう。
芦屋川水底トンネルの甲南山手寄りからの眺め。エンジ色の跨線道路橋の向こうに上写真画面左や中央の建物が垣間見えるので、位置的に奥のコンクリート構造物の上が河川であることが解るだろう。

最近では、スマホのGPS機能がある地図アプリも充実しているので、それを片手に天井川の川底トンネルを通過している体感を味わうというのも面白いと思う。


[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。