札沼線沿いに今なお残るハエタタキ

鉄道旅を一層たのしくする車窓・施設案内シリーズです。
[場所]JR札沼線 浦臼-下徳富
「ハエタタキ」とは、ひと昔前の頃の線路脇に立ち並んでいた電柱のことで、それに単芯ケーブルが幾本も渡されて駅間を結び、鉄道電話などの通信に利用されていた。この形状は駅が多い幹線の電柱になると腕木(横棒)が長くなり、さらにその本数も増えるため、ここに付いた碍子とも相まったこの形が蝿叩きに似ていたことから、こんな俗称が付けられた。しかし、通信ケーブルの多芯ケーブル化により徐々に数が減り、現在では単芯ケーブルが張られた姿は、もう見られなくなったと思われていた。
しかし、その姿を見られる場所がまだあったのだ。

浦臼からのハエタタキには多芯ケーブルが5本も掛かっているのもあったりして、うっかり写真を撮らないでいたが、於札内駅 札幌方150m程の地点にあるこのハエタタキを見て、思わずシャッターを押してしまった。なお、車窓写真はすべて左が新十津川方で、右が札幌方になる。
浦臼からのハエタタキには多芯ケーブルが5本も掛かっているのもあったりして、うっかり写真を撮らないでいたが、於札内駅 札幌方150m程の地点にあるこのハエタタキを見て、思わずシャッターを押してしまった。なお、車窓写真はすべて左が新十津川方で、右が札幌方になる。
上写真の次に現われたのがこのハエタタキ。支柱付きになっている。
上写真の次に現われたのがこのハエタタキ。支柱付きになっている。

場所は札沼線 浦臼-下徳富 間という、2016年3月26日のダイヤ改正で列車が1日1往復になったことで話題になった場所で、駅の数は5駅。その規模の区間なのでハエタタキの大きさは腕木2本に碍子が8個と、かつての幹線の大きなハエタタキを覚えている方からするとあまりにもショボくて、ただの電柱に見えてしまうかも知れないが、電柱間に単芯ケーブルが並行に掛けられた形はまさにハエタタキそのものだ。
なお、ハエタタキが立ち並んでいるのは線路の東側(下り列車進行方向右手)になる。

木製で、イメージ通りの形のハエタタキ。多芯ケーブルが1本掛かっているのが惜しい。於札内-南下徳富。
木製で、イメージ通りの形のハエタタキ。多芯ケーブルが1本掛かっているのが惜しい。於札内-南下徳富。
なんとコンクリート柱に腕金の組み合わせのハエタタキもある。於札内-南下徳富。
なんとコンクリート柱に腕金の組み合わせのハエタタキもある。於札内-南下徳富。
木製で、支線付きのハエタタキ。線路寄りに鉄道電話が見えるので、このためのハエタタキなのだろう。於札内-南下徳富。
木製で、支線付きのハエタタキ。線路寄りに鉄道電話が見えるので、このためのハエタタキなのだろう。於札内-南下徳富。

ただし、ハエタタキが浦臼-下徳富 間の全区間に渡って立っているわけではない。場所によっては多芯ケーブルだけになったり、多芯ケーブルを5本も従えていたり、はたまた電柱自体が消えたりと、場所によって通信ケーブルの施設形態がまちまちなので、乗車して車窓から変化を眺めているだけなら楽しいが、もし、ハエタタキを入れて列車写真を撮りたいとなると、場所選びには一苦労しそうだ。
ちなみに、筆者が2016年6月に車窓から眺めた限りでは、単芯ケーブルのみの純粋なハエタタキは下徳富駅から札幌方に5本のみであった。

ハエタタキは下徳富駅の手前(写真では屋根右寄り)から多芯ケーブル2本のみに切り替わる。なお、このハエタタキから札幌方(右方)に立つ5本が単芯ケーブルのみのハエタタキになる。
ハエタタキは下徳富駅の手前(写真では屋根右寄り)から多芯ケーブル2本のみに切り替わる。なお、このハエタタキから札幌方(右方)に立つ5本が単芯ケーブルのみのハエタタキになる。
新十津川駅に到着すると、最近すっかり有名になった、近所の保育園児たちが塗り絵を持って待っていてくれた。
新十津川駅に到着すると、最近すっかり有名になった、近所の保育園児たちが塗り絵を持って待っていてくれた。

せっかくなので、新十津川駅の車止めの写真もお見せしておこう。
せっかくなので、新十津川駅の車止めの写真もお見せしておこう。


[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。