氷見線沿いの道の駅「雨晴」から鉄道線路はどぉ見える!?

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[場所]JR氷見線 越中国分-雨晴

2018年4月25日にオープンした富山県高岡市の道の駅「雨晴」は、富山湾西部においては海岸沿いを通る国道415号の雨晴海岸義経岩付近にあって、展望デッキからは富山湾を眺めることができる。
当サイトの読者ならご存知の通り、この海岸線にはJR氷見線が通っており、道の駅「雨晴」の2階と3階の展望デッキからは氷見線の線路を眼下に見られる。

国道415号の雨晴駅寄りから眺めた道の駅「雨晴」。左の鉄柵の下には氷見線が通っている。左海中の島は女岩、その右の小山は義経岩。
国道415号の越中国分寄りから眺めた道の駅「雨晴」。右の小山は義経岩。
なので、この辺りの氷見線の線路が、道の駅「雨晴」の展望デッキからどのように見えるのか、確かめてきた。

道の駅「雨晴」のフロアマップ。上が北西。
道の駅「雨晴」の2階展望デッキ。奥が雨晴駅方。
道の駅「雨晴」の2階展望デッキにある謎の鐘。
ということで、その展望デッキのうち2階から氷見線の義経岩踏切を眺めた景色が下の写真になる。

道の駅「雨晴」の2階展望デッキから、氷見線の線路はこのように見える。
見ての通り、道路と線路の間に鉄柵があり、列車の足回りまで入れた、スッキリした写真は超々望遠レンズでもない限り撮れない。
同道の駅の展望デッキは、氷見線を撮るというよりは富山湾と義経岩・女岩、そして立山連峰を眺めるためにあるのだな…という結論に、筆者的には達した。

道の駅「雨晴」
施設開館時間 9時~18時
※展望デッキ・情報提供施設・公衆トイレは24時間開放。
https://michinoeki-amaharashi.jp

付近の列車撮影ポイント

■越中国分駅方
さて、コレで記事を〆てしまうと「鉄道 旅のガイド」にならないので、道の駅「雨晴」の近辺の列車撮影ポイントを探してみよう。

道の駅「雨晴」の駐車場に立つ富山県高岡市伏木界隈のマップ。
まずは、南東側の越中国分駅方。

国道415号からの氷見線の南東向きの眺め。奥が越中国分駅方。
道の駅「雨晴」の目の前の義経岩踏切から国道415号のチョット越中国分寄りからの南東方の眺めが上の写真になる。
身長約175cmの筆者でも富山湾の海面は見えない。
ということで、同道の駅直近では、海面と女岩を入れた写真は、脚立でもない限りは撮れない。
もし、氷見線と富山湾と女岩と立山連峰(天気にもよる)を入れた写真を撮ろうとすると、上写真の地点から国道415号を越中国分方に300mくらい歩かなければならない。
氷見線と富山湾と女岩と立山連峰が一緒に写っている写真は、この度の訪問時刻や天候の関係から、以前の撮影分の写真にてご勘弁願いたい。

富山湾と女岩と立山連峰とキハ47。2015年12月撮影。
上の地点から国道415号をさらに200mくらい歩くと、道路海側に小スペース「展望広場」がある。
ここからは、北西向きに眺めると氷見線と富山湾と女岩を一緒に写せる。

「展望広場」からの北西向きの眺めで、遥かに望むのは能登半島。奥が雨晴駅方。車輛はキハ47×2。
この「展望広場」の反対側(越中国分方)からは氷見線と岩崎ノ鼻(岬)や男岩、そして立山連峰を一緒に写せる。

「展望広場」からの南東向きの眺め。画面の左外に男岩がある。奥が越中国分方。車輛はキハ47×2。
■雨晴駅方
ここで紹介する地点は、見出しでは「雨晴駅方」としたが、もぉほとんど雨晴駅近辺と言った場所になる。
位置的にはグーグルマップに記されているトコロでいう「とやまビューポイント」という地点になる。
ココからも、氷見線と富山湾と女岩と立山連峰(天気にもよる)が一緒に写せるが、コチラの写真も、この度の訪問時刻と天候の関係から、以前の撮影分の写真にてお許し願いたい。

通称「とやまビューポイント」からの南東向きの眺め。奥が越中国分方。車輛はキハ40×2。2015年12月撮影。
この場所への行き方は実のトコロ、雨晴駅の氷見寄りにある第2雨晴踏切側を回っていった方が行きやすい。さらに言えば、満潮時や荒波時には義経岩側から行くのは危険と思われるので、やはり始めから第2雨晴踏切側を回っていった方が無難なことを申し述べておく。
せっかくなので、氷見線の車内に掲げられていた立山連峰の案内プレートと、雨晴駅に掲げられていた「雨晴海岸立山連峰日の出マップ」の画像も載せておこう。

氷見線(城端線もか?)のキハ47の車内に掲げられている立山連峰紹介のプレート。
氷見線雨晴駅の駅舎内に掲げられていた「雨晴海岸立山連峰日の出マップ」。

歌碑など

ちなみに、写真3枚上の場所には松尾芭蕉おくのほそ道「有磯海」の歌碑が建立されている。

通称「とやまビューポイント」に立つ有磯海の碑。2015年12月撮影。
この歌碑は、当サイト2016年12月2日アップ雨晴海岸の名の由来の中で「この石碑は、近くに2018年にオープン予定で工事施工中の道の駅 雨晴 が完成すると、そちらへ移設されるそうだ。」と記したが、この夏に氷見線の車窓から富山湾側を眺めていたら、同地点にこの歌碑がまだ立っているのを確認した。
ハテ、だが道の駅「雨晴」には、有磯海の歌碑がすでに立っている…。

道の駅「雨晴」に立つ有磯海の歌碑(左)と、大伴家持の歌碑(右)。
おそらくであるが、道の駅「雨晴」の有磯海の歌碑は、同道の駅オープンに合わせ、結局移設せず、新たに建立されたモノと思われる。
なお、上写真右は大伴家持の歌碑で、解説は下写真になる。

大伴家持の歌碑の解説プレート。
松尾芭蕉「有磯海」の解説は写真2枚上の歌碑を読んでいただくか、2016年12月2日アップ雨晴海岸の名の由来の中で解説しているので、そちらを見ていただきたくお願いする。
筆者追記:と、上写真のキャプションに記したが、アップ後の画像をスマホあたりで拡大しても、碑の文字が読みづらかったから、石碑左の説明文を解読したので以下に載せておく。
「越中の国に入った芭蕉は、数多の岩礁から成る有磯海を句に詠みました。
有磯海は大伴家持の歌に因む越中の代表的な歌枕です。
この一帯は、荒磯の景観を前景として、遥か東方に剱岳などからなる立山連峰を望むことができる優れた風致景観を有しています。
高岡市教育委員会」

大伴家持の歌碑がもぉ一つ、道の駅「雨晴」の駐車場の片隅にひっそりと建立されていたので、ソチラの写真も載せておこう。

コチラも大伴家持の歌碑。
そして、筆者の趣味ではない(笑)が、道の駅「雨晴」界隈のマンホール蓋などの写真にて、記事を〆よう。

道の駅「雨晴」の駐車場側の歩道にあるマンホール蓋。
道の駅「雨晴」ではないが、氷見線雨晴駅から東100mあたりの場所にある「水準点」の蓋。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。