梅雨明け納涼プロジェクト…頑張れ北のヨンマル

アップ日時点で営業運転に従事できるキハ40酷寒冷地仕様の観光列車タイプ車輌は3両になってしまった…

[場所]JR北海道 室蘭本線界隈

まぁ、いわゆる夏本番に雪景色を並べて「目だけは涼んでもらおう」という主旨の毎年恒例の企画第一弾になります。さて、キャッチでは「営業運転に従事できるキハ40酷寒冷地仕様の観光列車タイプ車輌は…」と記しているけれども、車籍があるキハ40酷寒冷地仕様はまだもぉ少し多い。とは言え、2026年3月14日のダイ改前にはJR北海道のお客さんを乗せて走れるキハ40酷寒冷地仕様の観光列車タイプのキハ40が8両現役だったモノが、定期運行から退いて後たった4ヶ月で3両になってしまうとは想像しえなかった(筆者談:道南いさりび鉄道では8両が頑張っております。いずれ紹介予定です。ヨロシク!!)。

苫小牧駅から室蘭方を眺めたトコロ。右奥が苫小牧運転所。気動車は左から、キハ40 1790山明、キハ40 1791紫水、キハ40 1747宗谷色、キハ150、キハ40 1780道央 花の恵み。
内地(自分の世代《60歳代》の言い方です。スミマセン)からの夏の観光客需要を考えたら、2026年3月14日のダイ改時に旅客営業車輛だったJR北海道のキハ40は、8月いっぱいは全車が旅客営業車輌として運用される(検査切れなら仕方がないが…)と思っていたので、驚きである。

左は苫小牧駅コンコースに掲示されていた「日高線乗ろうよ!キハ40」のポスター。北のキハ40観光列車タイプ8両が紹介されていた。ブレボケ写真でスミマセン。
JR北海道のダイヤ改正は2026年3月14日だったが、その後4月11日(土)に「キハ40形車両撮影会in苫小牧運転所」が開催されている。その時点ではJR北海道のキハ40観光列車タイプ8両が苫小牧運転所に揃っていたが、この後2回の回送により観光列車タイプ5両が苗穂なりに転出してしまい、本記事アップ日の2026年7月25日時点において、旅客営業運転に付ける北のキハ40観光列車タイプは3両となっている。

まずは旅客営業運転に従事できる3両の冬の時点での姿をご紹介

※あくまで本記事アップ日時点で、旅客営業運転に付けることが可能な北のキハ40で、他車が廃車されたということではありません。

キハ40 1790山明

キハ40 1790山明。苫小牧
タイトル写真は早来駅へ南西方から入線する山明。撮影:岡山ダンナ
キハ40 1790山明。この雪の中でも撮影する人がいて、北のキハ40は鉄道旅行者の人気者。苫小牧
キハ40 1791紫水

追分駅に停車するキハ40 1791紫水。右2両はキハ150。撮影:岡山ダンナ
もぉ皆様ご存知とは思うけれども、この2両が揃うと「山紫水明」になる。

キハ40 1780道央 花の恵み

キハ40 1780 道央 花の恵み。苫小牧
キハ40 1780 道央 花の恵み。プラットホームに居れば、とにかく皆んなの人気者。苫小牧

苗穂へ行った観光列車タイプ5両の冬の時期の姿をご紹介

※配置は、本記事アップ日の2026年7月25日時点の状況になります。とは云え、筆者なりにダイ改の2026年3月14日以後にX(旧Twitter)などへの各人の書き込みにて北のキハ40の動きを日々チェックしていた状況を分析したリザルトを元にしているので、日付などに少しのズレが生じている場合もあるかも知れないことをご理解お願いいたします。

■4月17日頃回送車輌
4月17日頃→苗穂方面
キハ40 1809道南 海の恵み+キハ40 1779道東 森の恵み+キハ40 1759国鉄色

キハ40 1759国鉄色

安平駅北方付近を走るキハ40 1759国鉄色。撮影:岡山ダンナ
安平駅に停車するキハ40 1759国鉄色。撮影:岡山ダンナ
キハ40 1809道南 海の恵み

安平駅へ追分方から入線するキハ40 1809道南 海の恵み。撮影:岡山ダンナ
安平駅に停車するキハ40 1809道南 海の恵み。撮影:岡山ダンナ
キハ40 1779道東 森の恵み

北浜駅の展望台から眺めた流氷のオホーツク海の大海原。奥がキハ40 1779道東 森の恵み。手前の気動車はキハ40 1720道北 流氷の恵み。写真:前田貴広
同氏note:https://note.com/maeda_takahiro_
なお、写真手前のキハ40 1720道北 流氷の恵みは、4月17日時点では苗穂へ転出していない。

■7月21日頃
7月21日頃→苗穂方面
キハ40 1720道北 流氷の恵み+キハ40 1747宗谷色+キハ40 1761北海道色+(伴走)キハ40 302北海道色+(伴走)キハ40 331北海道色

キハ40 1720道北 流氷の恵み
上写真の手前の車輌がキハ40 1720道北 流氷の恵みなので、ココでは写真を省略。

キハ40 1747宗谷色

安平駅へ追分方から入線するキハ40 1747宗谷色。撮影:岡山ダンナ
「キハ40 1720道北 流氷の恵み」と「キハ40 1779道東 森の恵み」については、筆者が苫小牧駅を訪れた2026年1月後半には、釧網本線の「流氷物語号」への充当のために道東へ出張していたから写真がないので、過去写真にて代用させていただいた点をご承知ください。

花咲線において2列車に北のキハ40を8月31日まで増結

JR北海道 花咲線 釧路↔︎根室 間において、列車1往復にキハ40を増結した列車を2026年8月31日までの期間限定で運転している。

本記事アップ日時点において、花咲線夏季増結車に使用されているキハ40 1791紫水。ただし写真は、勇払-浜厚真 間を走るシーンなのでイメージ。撮影:岡山ダンナ
このキハ40増結列車の運転時刻は、
下り…地球探索鉄道号 釧路8:21発→根室10:53着
上り…快速はなさき 根室11:12発→釧路13:23着

ちなみに、この列車はキハ40形の海側ボックスシート部が指定席として設定されている。
詳細は下記URL「JR北海道ニュースリリース」にて
https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20260610_KU_hanasaki.pdf

■9月1日以後の北のキハ40に乗れるツアーに期待…
JR北海道によるキハ40形使用の9月1日以後の観光列車運行情報は、本記事アップ日時点においては発表されていないが、旅行会社が主催するキハ40団臨はチラホラ運転されているようである。これからの北のキハ40の旅行会社主催のツアーには期待したい。
なので余談になるが、筆者とは中学生の時の同級生で、その後も親交がある某H大鉄研OB会員でNTA社員のM坂氏へ。北のキハ40を使用した室蘭線 苫小牧(or室蘭)-岩見沢 間を往復乗車するツアーなんていかが!? おそらく栗丘駅がまもなくブームになるだろうからSL時代を知っているM坂氏ならその辺をガイドできるし、さらに追分駅東北東300mくらいのトコロには「道の駅あびらD51ステーション」があるので、この区間だけの往復でツアーが成立すると思うよ。
かつて高校生の頃にM坂氏と同時期に巡った1975年当時の室蘭本線も写っている8mmフィルム撮影による北海道のSL無声動画をユーチューブにアップしてあるので、皆さんに視ていただけたら有りがたいですね。
1975年春

1975年夏

「道の駅あびらD51ステーション」の写真はないけれども、たまたま本記事アップ日から見て一昨日に「貨物鉄道フェスティバルin道の駅あびらD51ステーション2026」7月25日に開催の情報を入手したので、そのチラシを参考として下へ載せておこう。

画像:日本貨物鉄道株式会社 北海道支社
道の駅あびらD51ステーションURL
https://www.abikan.jp

苫小牧駅近の産業用保存展示SLを訪ねる

苫小牧駅の南200mほどのトコロに「アカシア公園」という広場があるのだけれども、この片隅に「王子製紙軽便鉄道」で活躍していた762mmゲージのSLが保存展示されている。

苫小牧駅の南約200mほどのトコロに鎮座する「王子製紙軽便鉄道」のSL&貴賓車保存展示のいわゆる右側全景。
今へと伝える「王子製紙軽便鉄道」の説明プレート。
実のトコロ、この保存展示SLは雪のない時期に撮っている(あくまで保存展示機として…)のだけれども、2026年1月に訪問した時に「納涼プロジェクト」の一貫として、雪景色の同機の写真を撮り直して掲載することにした。
それでは反時計回りに眺めていこう。

SLは「山線4号車」。前が東向きに置かれている。イルミネーションの装飾がなされているのは冬だからか?
「山線4号車」を北側から眺めたトコロ。なんとテンダー機。
「山線4号車」を北西側から眺めたトコロ。
客車は「貴賓車」。それでは、さらに反時計回りに眺めていこう。
北西側からの全景はこのような感じ。
上写真では妻面が見えなかったので、北西側の別の角度からもぉ1枚。
南西側からの全景。
「貴賓車」を南東側から眺めたトコロ。
「山線4号車」を南西側から眺めたトコロ。
「山線4号車」を南東側から眺めた右斜め前1:9の構図。そ~言えば左斜め前のいわゆる公式側を3:7の構図で、まともに撮っていない!? …反省(汗)。
「山線4号車」を北東側から眺めた正面がちの左斜め前。
これらの写真を眺めて、少しは涼しい気分になっていただけたら幸いだ。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。


[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。