「明治神宮」タグアーカイブ

スタンプ物語35・信濃町駅

聖徳記念絵画館と

イチョウ並木が圧巻

スタンプの印影は当駅から徒歩5分の聖徳記念絵画館と神宮外苑のイチョウ並木です。聖徳記念絵画館は、大正15年(1926)に竣工された花崗岩の建物で、平成23年(2011)6月23日には国の重要文化財に指定されました。館内には明治天皇と昭憲皇太后の遺徳を描いた絵画が展示されており、夜ライトアップされた外観も目を引きます。
この絵画館を中心に遠近法を用いて植えられたのが、明治神宮外苑のイチョウ並木です。こちらは外苑造成にあたり、明治41年(1908)に新宿御苑から採集した種子を育てて、大正12年(1923)に植栽しました。並木は雄木44本、雌木102本の総計146本で構成され、高いものは28mもあるそうです。黄葉の見頃は毎年11月中旬~12月上旬で、期間中はいちょう祭も行われています。

また信濃町駅は東京ヤクルトスワローズの本拠地・明治神宮球場の最寄駅であることから、ヤクルトの試合日にはBGMとして応援に使われている「東京音頭」が流されます。水道橋駅が東京ドームの最寄で読売ジャイアンツの応援歌が流されることに対抗したものだそうですが、ヤクルトの応援席ではヤクルトが得点するたびに、ビニールの応援傘で「東京音頭」を踊ります。余談ですが、東京ヤクルトスワローズの始祖は国鉄スワローズ。球団の名は当時、国鉄で最速だった特急「つばめ号」に由来しており、「燕」は現在のマスコットキャラクターにも活かされています。野球観戦の帰り道で観られるライトアップされた聖徳記念絵画館も目を引きますよ。
次回の停車駅は千駄ヶ谷駅です。


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※スタンプは紛失・摩滅・取替などの事情により、ない場合もございますのでご了承ください。また、駅員のいない時間帯は押せないこともありますのでご注意ください。

スタンプ物語13・代々木駅

駅の背後に控える摩天楼

宝物館へは北参道が最寄

山手線がいったん中央線と合流するのが代々木駅です。スタンプは「近代ビルと明治神宮北参道」。スタンプに描かれた近代ビルは2000年に竣工した「NTTドコモ代々木ビル」です。「近代ビル」とぼかしたのはビル名が長すぎるためでしょうか、あるいは使用許諾の問題があったのかもしれません。過去にスタンプに会社のロゴを入れて、後でその部分を削ったいわくつきのものがありましたから……。
代々木駅の東に位置し、ニューヨークのエンパイアステートビルを思わせる当ビルは地上27階高さ240m。都内では東京都庁第一本庁舎に次ぐ2番目の高さを誇りますが、内部の大半は通信機器とサーバで埋め尽くされ、ドコモ傘下の携帯電話のメールやパケットデータの配信を行っています。よって強固なセキュリティシステムによってガードされ、部外者は立ち入りできません。

原宿に続いて明治神宮が描かれているのは、それだけ明治神宮が広い証でしょう。ちなみに当神宮には代々木口と呼ばれる西参道もあり、こちらは小田急線参宮橋駅が最寄になります。
北参道(写真左)からだと明治神宮宝物殿(写真右)に近く、こちらへ行かれる方は代々木下車が便利です。ただし、開館は土・日曜、祝日が中心で、平日は開館していないので注意。奈良正倉院の校倉造りを模した建物は大正10年(1921)に竣工され、平成15年(2003)には東京都の歴史的建造物にも選定されていますので、一見だけでも価値はありますが。

代々木は新宿との駅間が700mしかなく、新宿御苑にも近いのですが、こちらは隣駅の中央線千駄ヶ谷が最寄りとなるため、当駅でのお江戸史跡はこれ以上言及できないのも事実です。でも代々木といえば気になるのは、B級廃墟スポットとして有名な代々木会館(写真左)です。代々木駅の西口隣にありながら築50年以上になろうかという6階建のビルで、かつて『傷だらけの天使たち』(1974-1975)のドラマのロケにも使わました。しかし、老朽化がひどく数年前から取り壊しが決まっていたようですが、テナント権利関係の複雑さから立ち退きが思うようにいかず、新築が遅れに遅れました。2007年頃まで健在だった飲食店(写真右)もすでに閉店しているのですが、ビル自体は2012年1月現在でも取り壊されることなく残っています。ただし、無断で立ち入ると住居侵入罪になりますので、外観を眺めるだけにしておきましょう。
次回の停車駅は新宿駅です。


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※スタンプは紛失・摩滅・取替などの事情により、ない場合もございますのでご了承ください。また、駅員のいない時間帯は押せないこともありますのでご注意ください。

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スタンプ物語12・原宿駅

明治神宮と竹下通り

聖地と若者文化が入り混じる

絵柄は「木造駅舎と明治神宮」。原宿の駅舎は大正13年(1924)竣工で、都内では最古の木造駅舎です。都内の木造駅舎では、他に2番目に古い中央本線国立駅南口もあったのですが、こちらは連続立体交差事業で平成18年(2006)10月に解体が始まり、12月までに撤去が完了しました。都内の変わりゆく風景――撮っておきたくても結局行けずじまいに終わったところもたくさんあります。ただ、原宿の場合は東側に聖地の明治神宮がありますので、都市開発も西側しかできず、今後も保存されてゆくでしょう。

東側に鬱蒼と茂る森が初詣で毎年最大の参詣客を誇る明治神宮(写真左)です。2011年度正月3が日は320万という目が回るほどの参拝客を集めました(※2012年度は現時点で未発表)。原宿の外回り線にある臨時ホーム(写真右)は、この正月三が日の明治神宮参詣などに使われています。
明治神宮の創建は大正9年(1920)で、明治天皇と昭憲皇太后が祀られています。ところで明治神宮の広大な境内(22万坪)を包む常緑樹や落葉樹の森は、太古の森を連想させますが、神宮ができる前は大半が農地や草地でした。江戸時代には加藤清正の下屋敷がありましたが、加藤家改易後は彦根藩井伊家の下屋敷となり、明治維新後に政府所管に移ったようです。大正4年(1915)から造林がはじまり、全国から約10万本の献木がなされました。こうして鎮守の杜として現在に至るわけです。この後世にも残る自然を創ったのは林学博士の本多静六で、他にも日比谷公園や大沼公園ほか国内の公園造成に多大な貢献をしています。まさに「国土づくりの神」といわれる方ですね。
原宿駅から代々木方面に向かうと天皇陛下専用のお召し列車の発着に使われる「宮廷ホーム」があり、その先に近代的な建物に囲まれて延命寺があります。すでに本堂や墓地の塀もコンクリートで、そこに押し付けられる形で庚申塔の石仏群が建っています。開発の波に呑まれながらも延宝8年(1680)や宝永7年(1710)などに造立された庚申塔だけが、江戸の生き証人になっているのです。

また、原宿は1970年代からファッションを中心とする若者文化で注目を浴びるようになり、80年代には竹下口から伸びる竹下通り(写真左)が竹の子族の影響で、歩行者天国として賑わうようになりました。モラル低下の問題で平成8年(1996)から浄化活動が始まり、歩行者天国も縮小されましたが、現在もなお人通りは絶えることなく続いています。竹下通りの出口近くには、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破ったことで知られる東郷平八郎(1848~1934)を祭神とする東郷神社(写真右/渋谷区神宮前1-5-3)が鎮座します。東郷平八郎は生前から神格化を嫌っていたようですが、昭和9年(1934)に亡くなると、全国から神社創建の要望と献金が相次ぎ、昭和15年(1940)に創建されました。それほどまでに東郷平八郎の人気が絶大なものだったということですが、神にされてしまった東郷は、あの世でどのように思っているのでしょうか?
次回の停車駅は代々木駅です。


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