常磐線の復旧区間の線路移設部分を眺める

鉄道旅を一層たのしくする車窓・施設案内シリーズです。
[場所]JR常磐線 駒ヶ嶺-浜吉田
011年3月11日の東日本大震災による津波で被災したJR常磐線の不通区間のうち、相馬-浜吉田 間の復旧工事が完成し、2016年12月10日に営業運転を再開した。これにより、常磐線の北部は先に運転再開されていた 小高-相馬 間と相馬駅で接続し、小高-岩沼 間が1つにつながった。

この運転再開区間のうち、駒ヶ嶺-浜吉田 間はルートを内陸側に移設して新たに造り直された、まさに新規の線路ともいえるので、どんなモノかと運転再開直後の2016年12月14日に乗ってきた。この時に撮った写真を、以前の2015年7月14日に当サイトへアップした『JR常磐線 不通区間を訪ねてみた』(←その記事はこちらをクリック)に掲載した建設中の写真も一部に織り交ぜてお見せしていこう。
なお今回は、乗車の都合から、北側の浜吉田駅から南側の駒ヶ嶺駅へと眺めている。

上り電車が浜吉田駅へ岩沼方(北側)から進入。レールがずっと先まで光っているのが確認できる。
上り電車が浜吉田駅へ岩沼方(北側)から進入。レールがずっと先まで光っているのが確認できる。
2015年6月19日の浜吉田駅プラットホームからの駒ヶ嶺方(南側)の光景。ここから先は赤錆たレールが続いていた。
2015年6月19日の浜吉田駅プラットホームからの駒ヶ嶺方(南側)の光景。ここから先は赤錆たレールが続いていた。
浜吉田駅から駒ヶ嶺方に約800m程の地点にある新線への切り替え部分。旧線は直線で、正面の木立が開いている所へと延びていた。
浜吉田駅から駒ヶ嶺方に約800m程の地点にある新線への切り替え部分。旧線は直線で、正面の木立が開いている所へと延びていた。
新線に入ってからは築堤になり、さらに高架線で田園地帯を抜けてゆく。写真中央やや左の橋梁は、浜吉田駅から駒ヶ嶺方に約3km程の地点にある下路式アーチローゼ橋。
新線に入ってからは築堤になり、さらに高架線で田園地帯を抜けてゆく。写真中央やや左の橋梁は、浜吉田駅から駒ヶ嶺方に約3km程の地点にある下路式アーチローゼ橋。
山下駅へ岩沼方から進入。というか、信号現示を見てしまうとリアよりの出発後の眺めなのがモロバレではあるが。
山下駅へ岩沼方から進入。というか、信号現示を見てしまうとリアよりの出発後の眺めなのがモロバレではあるが。
山下駅のプラットホーム浜吉田寄りからの北方の眺め。写真中央やや右下に上々写真の下路式アーチローゼ橋が見える。ちなみに、タイトル写真も同地点からの撮影になる。
山下駅のプラットホーム浜吉田寄りからの北方の眺め。写真中央やや右下に上々写真の下路式アーチローゼ橋が見える。ちなみに、タイトル写真も同地点からの撮影になる。
2015年6月19日に、国道6号から遠望した建設中の山下駅。駅周辺には復興住宅がすでに建ち並んでいた。
2015年6月19日に、国道6号から遠望した建設中の山下駅。駅周辺には復興住宅がすでに建ち並んでいた。
山下駅の西口。運転再開の横断幕が掲げられていた。
山下駅の西口。運転再開の横断幕が掲げられていた。
山下駅前に立っている案内板。左の地図からは新ルートが確認できる。ちなみに右が北になる。
山下駅前に立っている案内板。左の地図からは新ルートが確認できる。ちなみに右が北になる。
山下駅プラットホームの駒ヶ嶺寄りからの南方の眺め。
山下駅プラットホームの駒ヶ嶺寄りからの南方の眺め。
山下駅から駒ヶ嶺方に約3km程の地点にあるトンネルの北側岩沼方の坑門。ちなみにここのトンネルは2つ連らなっている。
山下駅から駒ヶ嶺方に約3km程の地点にあるトンネルの北側岩沼方の坑門。ちなみにここのトンネルは2つ連らなっている。
坂元駅へ岩沼方から進入。駅手前に下路式アーチローゼ橋が見える。
坂元駅へ岩沼方から進入。駅手前に下路式アーチローゼ橋が見える。
2015年8月3日に国道6号から撮影した建設中の坂元駅付近。左側が岩沼方で、右側が駒ヶ嶺方になる。そして、右にあるアーチが上写真の下路式アーチローゼ橋で、その右に坂元駅がある。
2015年8月3日に国道6号から撮影した建設中の坂元駅付近。左側が岩沼方で、右側が駒ヶ嶺方になる。そして、右にあるアーチが上写真の下路式アーチローゼ橋で、その右に坂元駅がある。
坂元駅から駒ヶ嶺方に約5km程の地点にある切り通しから高架線に切り替わる地点。この写真を掲載した理由は、次からでこの辺の建設中の写真を紹介しているからになる。なお、奥に見える煙突は相馬火力発電所のモノ。
坂元駅から駒ヶ嶺方に約5km程の地点にある切り通しから高架線に切り替わる地点。この写真を掲載した理由は、次からでこの辺の建設中の写真を紹介しているからになる。なお、奥に見える煙突は相馬火力発電所のモノ。
上写真の左下あたりから、2015年6月19日にこちら(北北西)側を向いて撮影した写真。
上写真の左下あたりから、2015年6月19日にこちら(北北西)側を向いて撮影した写真。
2015年6月19日に撮影した、上写真の地点やや左(東)の場所からの南西向きの眺め。上々写真の高架線の左側を見ていることになる。
2015年6月19日に撮影した、上写真の地点やや左(東)の場所からの南西向きの眺め。上々写真の高架線の左側を見ていることになる。
2015年6月19日に撮影した、上写真の地点から高架線を挟んで反対側からの南東向きの眺め。上々々写真の高架線の右側を見ていることになる。
2015年6月19日に撮影した、上写真の地点から高架線を挟んで反対側からの南東向きの眺め。上々々写真の高架線の右側を見ていることになる。
新地駅の駒ヶ嶺寄りからの南方の眺め。駅の高さは低いが、左に道路を兼ねた土塁が築かれているのが解る。
新地駅の駒ヶ嶺寄りからの南方の眺め。駅の高さは低いが、左に道路を兼ねた土塁が築かれているのが解る。
2015年6月19日に新地町役場付近から撮影した建設中の新地駅あたり。左側が岩沼方で、右側が駒ヶ嶺方になる。左の下路式アーチローゼ橋と右の謎の橋台の間に新地駅が造られた。ちなみにその謎の橋台が上写真左端の土塁の橋の橋台だったことが、この日の乗車で判明した。
2015年6月19日に新地町役場付近から撮影した建設中の新地駅あたり。左側が岩沼方で、右側が駒ヶ嶺方になる。左の下路式アーチローゼ橋と右の謎の橋台の間に新地駅が造られた。ちなみにその謎の橋台が上写真左端の土塁の橋の橋台だったことが、この日の乗車で判明した。
新地駅の駒ヶ嶺方(南側)約900m地点に新線との切り替え部分がある。
新地駅の駒ヶ嶺方(南側)約900m地点に新線との切り替え部分がある。

常磐線の不通区間は、これで 小高-竜田 間36.6kmだけとなったことになる。この区間は2020年の全線復旧を目指して順次再開していくとのこと。常磐線が全通すれば貨物列車のバイパスとしての重責をも担うことになり、物流の安定にも寄与できる。線路がひと筋につながる日が待ち遠しい。



[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。