DENCHAに乗ってみよう

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[場所]JR筑豊本線 若松-直方など
DENCHAとは、近郊形交流用蓄電池駆動電車BEC819系に付けられた愛称で、「Dual ENergy CHArge train」の略称(大文字が抜き出し部分)になる。
このBEC819系は、交流電化区間では普通の電車のようにパンタグラフを上げて架線集電により、非電化区間では車載した蓄電池からの電気により、ともに主電動機を制御・駆動して走行する。コンセプト的には当サイト2015年7月29日アップ「ACCUMに乗ってみよう」(←その記事はココをクリック。なお、その記事内ではACCUMは限定運用になっているが、現在は全列車がACCUMになっている。)のEV-E301系に似ているが、そちらは直流1,500V用で、BEC819系は交流20kV60Hz用の違いがある。

直方駅1番線で発車を待つBEC819系「DENCHA」。こちらは若松方で、クモハBEC819形。この停車時間中も車載の蓄電池に電気がちゃくちゃくと充電されている。

車体構造や駆動方式などの細かいことは他の専門サイト等に譲るとして、DENCHAに乗った時の楽しみの一つに、車内の機械室壁面に設置されているマルチサポートビジョンによる電気の流れの画像を眺めながら、車載機器がどんな仕事をしているのかに思い巡らせることが挙げられると思うので、その参考に、そこに表示される画像の大まかを、以下で、まずは電化区間から紹介していこう。

電化区間の直方駅に停車中。
電化区間の直方駅を発車して力行中。
電化区間の新入駅に停車するために制動中。
折尾駅の架線がある位置でパンタグラフを上げている状態。

JR筑豊本線のうち電化区間の「福北ゆたか線」側の架線は折尾駅地平プラットホーム若松寄り端で途切れており、ここより若松側の「若松線」は非電化区間になるのは皆さんご存知と思う。よってDENCHAは折尾駅停車中にパンタグラフの上げ下げなどの電気方式の切り替えがおこなわれる。

折尾駅地平プラットホーム若松寄り端すぐにある架線が途切れる部分。車輛はパンタグラフを下げた状態で進入してくるBEC819系「DENCHA」。
折尾駅の現在の構造だと、パンタグラフ上げ下げの瞬間も上から眺められる。これは上がった状態。
パンタグラフが下がった状態。
建設中の折尾駅筑豊本線プラットホーム部分を鹿児島本線上り線側から眺めたところ。右の複線線路が現在の筑豊本線(若松線)。線路切換が2019年3月16日、高架化完成は2022年度を目指しているとのこと。

JR筑豊本線の折尾-若松 間は、上記のように非電化区間なのでこの間は蓄電池からの電気により走行することになる。ではこの架線がない区間においては、どんな画像が表示されるのかを紹介していこう。

4枚上の写真の同位置でパンタグラフを下げた状態。
折尾駅から非電化区間に発車して力行中。当たり前だがモータ音は変わらない。
非電化区間の本城駅に停車するために制動中。
若松駅が近づいてくると、若戸大橋が現われる。

このようなビジョンは、当サイト2016年8月3日アップの「JR東日本 HB-E210系の車内設置のハイブリッド・モニタでエネルギーの流れを知ろう」(←その記事はココをクリック)でディーゼルハイブリッドシステム車輛のモニタ画像を紹介している。DENCHAではそんなエンジン付車輛ほどのエネルギーの流れの大きな変化やまして電化と非電化での走行音の違いはないが、それでもモニタを眺めながら、機器メカニズムがどんな働きをしているのかに思いを馳せるのも面白い。

若松駅1番線に到着したBEC819系「DENCHA」。頭端式ホームが起点ターミナル駅の雰囲気をかもし出している。

若松駅1番線を発車するBEC819系「DENCHA」。先頭の直方方はクハBEC818形で、床下一帯に蓄電池が取り付けられている。ちなみに、手前の線路は機回し線。

若松駅前などにある鉄道系展示品を訪ねる

BEC819系「DENCHA」の記事は上項で完結するが、若松線の起点の若松駅および周辺には鉄道系展示品があるので当サイト不定期シリーズ「駅ナカや駅近の鉄道にまつわるオブジェやモニュメントを訪ねる」の番外編として、ここで合わせて紹介してしまおう。

2番線も頭端式ホームになっているが、機回し線はない。なお、1番線・2番線ともにJR東日本「ACCUM」烏山駅や男鹿駅のような充電設備はない。

若松駅は、いまでこそ頭端式ホーム1面に2線+機回し線1本のこじんまりとした駅だが、筑豊炭田が1970年代半ばまでに相次いで閉山する以前には、面積約35万平方メートルの操車場を有する広大な駅だった。
駅ナカや駅近にあるモニュメントは、そんなかつての若松駅の全盛期を回顧する展示が多数を占めている。
では、駅ナカから眺めていこう。

起点駅の象徴、0kmポストは1番線側の線路脇にある。
上々写真の位置から反対側を向くとご覧のセム1形石炭車セム1000と、輪軸2つが保存展示されている。特に奥の輪軸は松葉スポークで、何が履いていたのか気になる存在ではある。
ラッチを出ると待合室右(南東)壁面に若松駅の歴史を物語る写真が展示されている。

駅近にもモニュメントがある。若松駅に着くと南東側の駐車場越しにある広場に展示された9600形SLが、プラットホームから眺められる。距離も目の前なので見学にいってみると、他にも近くに石碑が建てられているのが解る。なので、そんなモニュメント類を含めて眺めていこう。

プラットホームから見えた9600形SL19633号機は北西向きに置かれている。ヘッドライトがないのが寂しい。
19633号機のテンダー側。右奥に見える平屋根が若松駅プラットホーム。
19633号機の解説板。1991年にこの地に移転してきたことを伝えている。
19633号機のテンダー側植え込みの中に立てられた「若松駅操車場跡地」を示すプレート。
上写真の右に立つ「若松駅操車場跡」を讃えた石碑の碑文。 上にあるモニュメントがどんな形なのかは、訪れた時のお楽しみということで、載せないでおこう。

当サイトの読者なら、何をいまさらBEC819系の話題をするのかとは思われるだろうが、2017年のブルーリボン賞受賞車輛でもあるし、折尾駅地平部分の乗り納め(まだ約半年あるが)と、若松駅の鉄道系展示品の見学も兼ねて訪れるのに丁度よい頃合とも思ったので、この時期に掲載させていただいた。

ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。